難波真実「ひとこと便り」

三浦綾子記念文学館(北海道旭川市)事務局長による、備忘録を兼ねた情報発信です

「一見、マイナスに見える体験というものが、どんなに人を育てるための大事な体験であることか」三浦綾子(旭川)『愛すること信ずること』小学館電子全集

「一見、マイナスに見える体験というものが、どんなに人を育てるための大事な体験であることか。そのマイナスの体験が、やがて、多くのプラスに変わるのではないだろうか。結婚前に、何らかの深い痛みを知ることは、学校では学びえない大きな人生の勉強になり、そこで得たものが、より幸福な結婚への糧となることであると私は思っている」

三浦綾子(1922-1999年・北海道旭川市)

『愛すること信ずること』小学館電子全集

「1 わたしたちの結婚」の章「マイナスの体験から学んだもの」の文章からの引用です。この文章では、三浦綾子さんと夫・光世さんが貧乏自慢?をするところから始まりますが、二人とも大変な病気にかかり、辛い経験をしたことへの思いにつながっていきます。しかしその経験が、三浦夫妻を出会わせたきっかけでもあり、“夫婦として生きる”ことの大きな礎となっていることを語るのです。

光世さんも、自身の著書などで身体の弱さのことを書いてらっしゃいますが、二人とも丈夫ではなく、片方が倒れるともう片方にも負担がかかり、結局二人とも倒れるということが幾たびもあったようですね。

大きな病を経て結ばれた二人だからこそ、お互いにわかりあえる領域が深く大きかったのではないかと思います。

この文章を綾子さんが書いている頃には、おそらく晩年のことは想像できなかったのではなかろうかと思いますが(エッセイ集としてはこの本が最初)、1990年代に入り、綾子さんがパーキンソン病を発病し、身動きがままならなくなったときも、光世さんは文字通り献身的に介護をしました。私などから見ると、想像を絶するマメさで、よくぞまあと思える毎日です。もちろん、光世さんご自身の性格によるところもあるのでしょうけれど、やはりそれだけではなく、“ごく当たり前”のようにそれを受け入れて、尽くしておられましたから、夫婦で歩むということの深さと尊さを、今もなお、お二人から学ばせていただいています。

人が人として歩もうとするとき、それまでの経験がどのように作用するのか。教育の世界では、それを“可塑性”と呼びますが、一見、マイナスに見える体験が、その人の人格を形成するにあたり良い方向に作用することがありますね。それが人という存在の不思議なところで、「悪いままにはならない」ということだと思うのです。

そしてそれは、悪いままにはならないと信じてくれる人の存在が、それを成させるのではないか、そう思います。綾子さんの作品には、そういう人がよく登場しますね。綾子さん自身が、幼なじみの前川正さんが信じてくれたことによって立ち直ったということもあり、「真実な人と愛が人を生かす」ということを語り続けたかったのでしょう。綾子さんの作品によって、希望や安らぎを感じるのは、そういう眼差しが注がれているからかもしれませんね。

では、また! 難波真実でした。

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三浦綾子 電子全集 愛すること信ずること | 小学館